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<04>八相示顕

兜率天に処して正法を弘宣し、かの天宮を捨てて、神を母胎に降す。右脇より生じて現じて七歩を行ず。光明は顕耀にして、普く十方無量の仏土をを照らしたまう。六種に震動す。声を挙げて自ら称ふ、「吾当に世において無上尊となるべし」と。釈・梵、奉侍し、天・人、帰仰す。

語句の説明

兜率(とそつ)天 梵語(tuṣita)の音訳。六欲天の第四天で、弥勒などの一生補処の菩薩が住む天界。

正法 仏法のこと。正しい理法。

弘宣(ぐせん) 広くのべつたえること。

神(じん) たましい。

光明 仏・菩薩の身心に具わる光。迷いの闇を破し、真理をさとりあらわす仏・菩薩の智慧を象徴する語。とくに阿弥陀仏については、『大経』に無量光などの十二光をもってその光明の徳が示されている。

六種に震動す 如来の出現、降魔、成道、説法等をたたえてあらわれる瑞相(めでたいしるし)。動・起・涌(形の変動)と震・吼・覚(音の変動)の六種。

釈梵 帝釈天(インドラ)と梵天(ブラフマン)。いずれもバラモン教の主神であったが、仏教に取り入れられて守護神となった。

天・人 神々と人間。


算計・文芸・射御を示現して、博く道術を綜ひ、群籍を貫練したまふ。後園に遊びて武を講じ芸を試みる。宮中色味のあひだに処することを現じ、老・病・死を見て世の非常を悟る。国と財と位を棄てて山に入りて道を学す。服乗の白馬・宝冠・瓔珞、これを遣はして還さしむ。珍妙の衣を捨てて法服を着し、鬚髪を剃除し、樹下に端坐し、勤苦すること六年、行、所応のごとくまします。

語句の説明

射御 弓術と馬術。

道術 学問

群籍 様々な書物。

色味 五欲(色・声・香・味・触)の中の二つを挙げて、欲望を象徴的に示す。

非常 無常と同じ意。常ならざること。

瓔珞(ようらく) 梵語ケーユーラ(keyūra)の漢訳。玉を糸でつづったり、貴金属を編んで作った飾り。インドの貴族が頭、頚、胸などに掛ける装身具として用いた。浄土の荘厳にも用いられる。現在、本尊の上部を荘厳する仏具をも瓔珞という。

所応 よろしきにかなうこと。インド一般の出家修行者のたどる道にいそしむこと。


五濁の刹に現じて群生に随順す。塵垢ありと示して金流に沐浴す。天は樹の枝を按へて池より攀ぢ出づることを得しむ。霊禽は、翼従して道場に往詣す。

語句の説明

五濁 末世においてあらわれる避けがたい五種の汚れのこと。<1>劫濁。時代の汚れ。飢饉や疫病、戦争などの社会悪が増大すること。<2>見濁。思想の乱れ。邪悪な思想、見解がはびこること。<3>煩悩濁。貪・瞋・痴等の煩悩が盛んになること。<4>衆生濁。衆生の資質が低下し、十悪をほしいままにすること。<5>命濁。衆生の寿命が次第に短くなること。

群生 多くの生類という意。すなわち生きとし生けるもの。衆生のこと。

梵語クシェートラ(kśetra)の音写。国土のこと。

金流 清流。特にブッダ・ガヤー(Buddha-gayā)に近いナイランジャナー(Nairañjanā)河のこと。

霊禽 霊鳥。不思議な鳥。

翼従 両翼のように左右に従うこと。

道場 道とはさとりで、道場とはさとりを開く場所のこと。もとはブッダ・ガヤーの菩提樹下を指した(寂滅道場)。多くは寺院を指して道場というが、とくに浄土真宗の場合、信徒の集会場所としてつくった建物。


吉祥、感徴して功祚を表章す。哀れんで施草を受けて仏樹の下に敷き、跏趺して坐す。大光明を奮つて、魔をしてこれを知らしむ。魔、官属を率ゐて、来りて逼め試みる。制するに智力をもつてして、みな降伏せしむ。微妙の法を得て最正覚を成る。

語句の説明

吉祥 仏陀の成道に際し、草を捧げた童子の名。

感徴 仏陀が成道されるという奇瑞を感得すること。

功祚 仏のさとり。仏果。修行の功徳により成仏したことをたたえていう語。

跏趺 結跏趺坐。禅定を修めるときの姿勢で、足を組んで坐る坐法の一種。

梵語マーラ(māra)の音写語である魔羅の略。悪魔、人の生命を奪い善を障碍する悪鬼神。欲界第六天の主である魔王。転じてさとりに至ることを妨げるもの、煩悩を指す。

官属 親族。なかま。

微妙の法 縁起の理法。


釈・梵、祈勧して転法輪を請じたてまつる。仏の遊歩をもつて、仏の吼をもつて吼す。法鼓を扣き、法螺を吹く。法剣を執り、法幢を建て、法雷を震い、法電を曜かし、法雨をそそぎ、法施を演ぶ。つねに法音をもつて、もろもろの世間に覚らしむ。

語句の説明

転法輪 仏法を広く説いて真理の道を明らかにすること。インドの理想的帝王は輪を転じて一切の敵を武力を用いることなく降伏させると伝えられ,それになぞらえて法王は法輪を転じて一切の邪見や煩悩を打ち砕くのにたとえた表現。

法螺 法螺貝。法とは真理・仏法のこと。

法幢 真理の旗。


光明、あまねく無量仏土・一切世界を照らし、六種に震動す。すべて魔界を摂して、魔の宮殿を動ず。衆魔、慴怖して帰伏せざるはなし。邪網を掴裂し、諸見を消滅す。もろもろの塵労を散じ、もろもろの欲塹を壊し、法城を厳護して法門を開闡す。垢汚を洗濯して清白を顕明す。仏法を光融して、正化を宣流す。

語句の説明

邪網 諸々の邪な思想。

諸見 諸々の悪しき見解

塵労 心をけがし疲れさせることを塵に喩えたもの。煩悩の異名。

欲塹 欲望の深いことを塹(みぞ)にたとえていう。

法城 真理の城。正法を城にたとえていう。

光融 正法を輝かし,邪見の者をその光のうちにおさめとる。


国に入りて分衛して、もろもろの豊膳を獲、功徳を貯えて、福田を示す。法を宣べんと欲して欣笑を現ず。もろもろの法薬をもつて三苦を救療す。道意無量の功徳を顕現して、菩薩に記を授け、等正覚を成り、滅度を示現すれども、拯済すること極まりなし。諸漏を消除して、もろもろの徳本を植え、功徳を具足せしむること、微妙にして量りがたし。

語句の説明

分衛 梵語ピンダパータ(piṇḍapāta)の音写。乞食・托鉢の意。

福田 福徳を生ずる田の意。仏や僧を敬い供養すれば、田地に穀物が生ずるように福徳を生み出すから、仏や僧を指して福田という。

三苦 苦苦(病気などの精神的ならびに肉体的苦しみ)・壊苦(自己の愛着するものが破壊される時感じる苦しみ)・行苦(世の無情を感じて得る苦しみ)。

道意 菩提心
梵語ボーデイ・チッタ(bodhi-citta)の漢訳。詳しくは阿耨多羅三藐三菩提心といい、無上正真道意・無上菩提心・無上道心などと漢訳する。仏果に至りさとりの智慧を得ようとする心のこと。この心をおこすことを発菩提心といい、仏道の出発点とされる。親鸞聖人は「信巻」等において、菩提心について自力と他力を分判し、如来回向の信心は願作仏心(自利)、度衆生心(利他)の徳をもつ他力の大菩提心であるとあらわされた。(聖典236-237)

記を授け 仏が菩薩の将来の成仏を保証すること。(授記)

滅度 涅槃のこと。梵語ニルヴァーナ(nirvāna) 。
釈尊の場合,80歳でクシナガラで入滅(涅槃に入る)したと伝えられる。涅槃とは本来は悟りの別名であるが,肉体的にも心理的にも完全に煩悩の滅した状態を槃涅槃(完全なる涅槃)と称するようになった。しかし,後生の信者からすれば,釈尊が亡くなったのは,仮の姿として(無常を悟らせるためにあえて)入滅の姿を示しただけのことであり,真実には今もなお生きて衆生教化のために働いている,と考えられるようになった。これを「久遠実成の仏」という。

拯済 人々を救済すること。

諸漏 もろもろの煩悩。

徳本 悟りの結果をもたらすところの原因となるべき徳行,善根。

一般に、釈尊の生涯を八相成道とか八相示顕とよびならわす。弥勒など、諸々の菩薩もまた、釈尊と同じ歩みをなすことがここに示される。すなわち、
  1. 受胎:かの天宮を捨てて、神を母胎に降す
  2. 出生:右脇より生じて現じて七歩を行ず・・・
  3. 処宮:算計・文芸・射御を示現して・・・
  4. 出家:国と財と位を棄てて山に入りて道を学す・・・
  5. 降魔:大光明を奮つて、魔をしてこれを知らしむ・・・
  6. 成道:微妙の法を得て最正覚を成る
  7. 転法輪:釈・梵、祈勧して転法輪を請じたてまつる
  8. 入涅槃:滅度を示現すれども

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