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はからいが、自分を孤独ならしめる

仏説無量寿経に

「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心回向」(聖典44)
とあります。名号(仏の声)を聞いて信心歓喜の一念をおこすことができるのは、ひとえに如来の真実心のおはたらきによるもの、と聖人はいただかれ ました。

私達は念仏によって真実心である如来の本願を聞き、本願の心に遇うのであり、聞くことができるそのことが、如来の真実心を信心としていただくここと である、ということになります。

ある高僧の言葉に、

「よいことをしたときは、なるべく早く忘れなさい。これも布施の行です。問われたことには正直に答えなさい。これも布施の行です。」
というのがあるそうです。
あらゆる執着やこだわりがあり、それらを全て捨て去っていくときに真実なるのが見えてくる、といえましょうか。

こだわりがどうしても捨てられない、念仏して仏に近いところにいるように感じていて、逆に仏から遠ざかっている私が知らされます。

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