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仏教の基礎:釈尊の生涯

3. 釈尊の生涯

3-1. はじめに -時代と社会-

仏(仏陀、ブッダ、buddha)とは「目覚めた人」という意味です。この称号は、歴史上実在した人物(すなわち釈尊)を指す場合と、非実在の理念的存在(たとえば阿弥陀仏や毘盧遮那仏など)を指す場合とがあります。

仏教の開祖・釈尊は、本名をゴータマ・シッダッタまたはガウタマ・シッダールタといいます。前者はパーリ語、後者はサンスクリット語での呼び方です(以下、特にことわらない限り、固有名詞はサンスクリット語での発音によります)。生没年については諸説ありますが、約2500年前に北インドから中部インドで活動し、80才で亡くなったことは諸説一致しています。

釈尊というのは、釈迦牟尼世尊を略した言い方で、釈迦(シャーキャ)は出身部族の名、牟尼(ムニ)は聖者の意味、世尊は敬称です。したがって、釈尊とは「シャーキャ族出身の聖者」という意味になります。ちなみに、浄土真宗においてすべての門徒は「釋」(「釈」の本字)を名のることになっていますが、それは、釈尊の一門に加えさせていただいた、釈尊の弟子とならせていただいた、という意味を持ちます。

シャーキャ族は、現在のネパールにあるカピラヴァストゥに小国家を形成していました。父はシュッドーダナといい、シャーキャ国の王(ラージャ)であったといわれますが、この国は共和制(または寡頭制)をとっていましたから、王といっても専制君主ではありません。シャーキャ国の政治軍事上の決定権は、複数の指導者から構成されるサンガとよばれる議会にあり、議長は当番制でした。釈尊の幼年時代にシュッドーダナはたまたま議長にあたっていたに過ぎません。このサンガ制度は後に仏教にとりいれられて、集団合議によって仏教教団は運営されることになりました。

これに対して、マガダ国やコーサラ国といった当時の強国は専制君主制をとっていました。シャーキャ国はコーサラ国の同盟国(むしろ属国・衛星国)でした。そして、隣国のコーリヤ国と対立することもありましたが、釈尊の生母のマーヤー(およびその妹で釈尊の継母となるプラジャーパティ)はコーリヤ国の出身でした。インド社会は、近代以前には統一国家が成立したことはなく、常に複数の国家からなり、それらの間の争いが絶えることはありませんでした。釈尊の時代には、十六大国といわれる国家(実際にはもっと多かった)が分立し、合従連衡を繰り返していました。シャーキャ国自身、釈尊の晩年には、コーサラ国に攻め滅ぼされています。釈尊は、幼少時代から複雑な政治的軍事的関係を肌で感じていたことでしょう。

シャーキャ族はアーリヤ系(インドヨーロッパ語族)であったと言われていますが、最近の研究では、モンゴロイド系(チベットビルマ語族)だったとの説もあります。アーリヤ人の宗教はバラモン教(ブラフマン教、後に民間信仰と混淆してヒンドゥー教となる)でしたが、釈尊の時代には、バラモン教およびその司祭であるブラーフマナの権威を認めない自由思想家の一群が出現しました。これらの自由思想家はシュラマナ(沙門)と呼ばれ、釈尊や、後に仏教側によって「六師外道」(ジャイナ教の開祖マハー・ヴィーラなど)と呼ばれるようになる思想家・宗教家も自由思想家です。当時のインドの正統的・支配的宗教がバラモン教であったのに対して、仏教やジャイナ教などは非正統の新興宗教だったのです。

これらの自由思想家の出現の背景には、当時のインドの社会情勢が影響しています。すなわち当時は、農耕文化が成熟するとともに、商工業が発達して貨幣経済が生まれ、大小の都市が出現しつつありました。その結果、都市部においては、氏族制農耕社会に基盤をもつバラモン教およびブラーフマナの権威が揺らぎ始め、かわって王族や富裕商人が力を持ち始めました。彼らは、旧来のブラーフマナではなく、シュラマナを積極的に招き、バラモン教による支配体制と対決するようになりました。政治・経済・思想宗教のあらゆる面で、新しい息吹が芽生え始めていたのです。

カースト制度は、現在のインドでも、憲法上は認められていないとはいえ、非常に強固かつ複雑な社会制度です。その原型は古く、釈尊の時代には既に基本的な四つの階級が成立していました。ブラーフマナ(司祭)、クシャトリア(王族・軍人)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(奴隷)です。釈尊の出自はクシャトリアですが、釈尊はカースト制度を容認しませんでしたから、カースト制度を基盤としたインド正統の宗教であるバラモン教との間にはしばしば軋轢が生じました。後に、バラモン教の後継者であるヒンドゥー教が根づくようになると、仏教はインドからは消滅していきます。(現在インドでの仏教復興運動をになっているのは、上記四階級の更に下位、というより外側に位置するアウトカースト<ダリット>の人々です。)

教心寺 釋眞弌


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